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大阪地方裁判所 昭和45年(わ)3611号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕一、公訴事実

本件公訴事実は、被告人は、門真市常盤町二五番一二号所在のM電気商会大和田支店事務員A子(当二〇才)を強いて姦淫しようと企て、昭和四五年一〇月六日午後五時ころ、同店を訪れ、同女に対し「話があるから」と申し向けて、被告人の運転する自動車に同乗させ「自分の友達があんたを好きだと言つている。逢つてくれ。」と虚言を弄して同女を寝屋川市萱島東三丁目三一番五号モーテルアポロの客室に連れ込み、「帰して下さい」と哀願する同女に「ここはどんなにしても逃げられないのや、言うことを聞かなかつたら朝まで帰さん。抵抗すると服を破つて帰らさんようにする。」等と申し向けて脅迫し、同女の反抗を抑圧したうえ、強いて同女を姦淫し、その際、同女に対し治療約一週間を要する膣壁裂傷及び膣粘膜急性炎症の傷害を負わせたものである、というのである。

二、当裁判所の判断

(一) 事実の概要

<証拠略> を総合すると、つぎの事実が認められる。

1 被告人とA子の経歴、性格、環境および右両名が知り合つた経緯とその親密度

被告人は、本籍地の小松原中学校を卒業後、同地で小間物雑貨の卸商を営んだが営業不振、結婚生活の失敗などにより昭和三三年四月ごろ来阪しプレス工場の工員をして働いたのち自動車運転免許を取得し、昭和三八年四月ごろから大阪府内でタクシー運転手として働くようになり、現在同居の妻子と生活を共にしていた者であるが、カラーテレビ、ステレオなどの電気製品の月賦購入先である大阪府門真市常盤町二五番一二号所在の株式会社M電気商会大和田支店に顧客として出入りするうち昭和四五年七月ごろ同支店勤務の店員A子(当時二〇才)を見初め、その後しばしば同支店内で同女と電気製品に関する話や世間話などの雑談を交わしてある程度親しくなつていたが未だ個人的な交際はなく、日頃から同女と交際する機会を持ちたいと考えていた。被告人は過去において業務上過失致死罪により禁錮六月執行猶予三年間の裁判を受けたがその後は大過なく現在に及び、真面目にタクシー会社に勤務し、その性格は温和で明るく(粗暴的傾向は全く認められない)円満な家庭生活を営み、妻との間では性的欲求不満などに基因する不和はなかつたが、性に対する興味を妻以外に求める傾向のあつたことは否定できない。

他方、A子は、高知県の室戸高校を卒業後、親許を離れて一人で自炊生活をしながら同地のレコード店に店員として働いたのち昭和四四年春来阪し、大阪府八尾市内の歯科医院で事務員をしたのち翌四五年三月二〇日前記M電気商会大和田支店に店員として勤務するようになり同商会の独身女子寮で七人の同僚と生活を共にしていた者である。ちなみに、同支店の構成員は支店長と同女の二人であり、勤務時間は午前九時から午後六時までであつて、残業は午後九時までということになつていた、同支店においては、勤務時間中同女が時々私用に外出することを許容していたが、その際は支店長などに断わつて外出していたもので、一時間以上も店をあけるようなことは過去になかつた。同女は被告人の留守中に被告人宅へ前支店長の井原と共に電気製品を持つて行つたことがあり被告人の妻とも面識があつた。同女は仕事の面では言うべきことははつきりと述べ、真面目に働き、本件当時異性交友はなく、また外泊するようなこともなかつた。同女の被告人に対する感情は好きでも嫌いでもなく、また、悪い人だとも思つていなかつたようであり、前支店長時代からの得意先である被告人が来店したときは、ただ単に店員として親しく応待していたに過ぎなかつたこと同女の性経験について、これを確認する資料は同女の供述のみであるが、同供述によると過去に性交経験はないとのことである。(本件直後における医師の診断の結果によると、同女には新しい処女膜裂傷は認められず同膜には旧瘢痕が存するに過ぎないことが明らかであるけれども、男性との性経験の有無は処女膜形成の有無で判定されるものとも言えないから同女が過去に異性との性経験を有していたものと断定することはできない。)

2 モーテル・アポロに至るまでの経緯

被告人は、非番にあたる昭和四五年一〇月六日午後五時一五分ごろ、その所有の乗用自動車(いすずベレット大5・8336)を運転して前記M電気商会大和田支店に赴き、ステレオの修理依頼などをした際買物のため外出しようとしたA子を「話しがあるから一緒に行くわ」と言つて呼び止め、その場に居合わせた白須支店長に「ちよつとこの子と話があるから暇をくれ」と要請し、同女をして右支店長に外出の許可を得させたうえ、自己の操縦する前記乗用車の助手席に同女を同乗させて発進し、その車中において雑談を交したうえ、同女に対し「ある人があなたを好きだと言つているその人に会つてくれないか、このことは女房(被告人の妻)も井原店長も知っていることやから」と申し向けて同女を欺罔誘惑し、同女がこれを受諾する素振りを示したのを奇貨とし、できれば同女と性的交渉をもとうと考え、大阪府寝屋川市萱島東三丁目三一番五号所在モーテル・アポロに赴き、C―八号室階下ガレージに右乗用車を止めて降車し、先ず被告人が、続いて同女が二階の休憩・宿泊室(C―八号室)に相次いで入室したが、同女は、その部屋に入るまで同所を会社の事務所位に考え、モーテルであることに気付いていなかつた。

もつとも、弁護人被告人は詐言を弄して同女をモーテル・アポロに連れ込んだものではなく、同女は事前にその行先がモーテルであることを知悉し合意のうえで入室したと主張し、被告人において右事実に符合する供述をしているけれども、モーテル・アポロは、その屋根の上に広告ネオン燈があり、その正面入口附近に部屋の休憩料金の看板が設置されているとはいえ、自動車に同乗して通過したときはこれを見過すこともあり、その建築構造が外観上は一見、会社、工場の事務所のようにもみえるところから、当然同女が右入室前にモーテルであることに気付き得たということはできないのみならず、同女の供述する被告人の友達と面接する話が具体性、現実性に欠けるということをとらえて同女が右事実を虚構したものと一概にこれを排斥することはできないから、同女の供述と対比して被告人の右供述はにわかに信用できない。

3 入室後姦淫までの状況

A子は二階の休憩・宿泊室に入室して、はじめて同所がモーテルであることを知つたが、被告人より「喫茶店だつたらやかましいので話ができないからここに来た」と言われてこれを信じ、同室応接間でしばらく被告人と雑談を交わしたりした。その間、被告人は、真に友人(同女を好きだと言つている)が来るかのごとく装い、友人に電話してくるからと階下に行つたり、風呂に入つて隠れておけと同女に申し向けて同室風呂場に同女を行かせたりしたあげく、隣りの間で待つておけと申し向けて既に一組の寝床が敷かれている寝間に同女を行かせたうえ、「今までの(友達が来るということ)話は嘘や、君が好きだつたのや」と言いながら同女の手を握つて同間畳上に同女を坐わらせたところ、同女が「騙したんやね、うちは今から帰る、帰らしてくれ」などと言うのみで積極的に同室を出て行こうとしなかつたので、同女に対し「一回キッスをさしてくれ」「こんなところは大声で叫んでも聞えないし、どないしても帰れない、電話に出て女の人が言つても受付けてくれない、どんなに騒いでもだめだ。一回だけさしてくれ」「でないと肉体関係までする、朝まで帰さん」と言寄つたところ、同女は「そんなことは嫌やから帰らしてくれ」と返答したのみでその場を立去ろうとするなど強い拒否動作は示さなかつた。そこで、被告人は同女に対し「そしたら布団の上に服を脱いで横になり一分間手をつなぐだけでよいから」と申し入れ、服を脱ぐ脱がないで一問答したあげく、ようやく同女の承諾を得た。そこで同女は右約束を守つてくれるように被告人と指切りをしたうえ被告人を応接間に行かせておきスリップ姿となつて布団の中に入り、被告人に対し「いいです」と答えて被告人を招き入れた。被告人は、上半身はシャツ、下半身はパンツ一枚の姿で寝間に行き同女の横に添寝し、その約束に反しいきなり同女に抱きついたところ、同女において、これに抗議することなく、身動きしないで抱かれたままじつとしていたが、約一分間経過したので「もう帰らしてくれ」と被告人に要請した。ところが被告人は、そのままの姿勢でさらに同女に対し「ペッティングをさしてくれ」と申し入れ同女が前同様嫌やと言うのみで被告人の手を振りほどくとか、寝床より起き上つて被告人の許を離れるなど特段の拒否動作を示さなかつたので、さらに「さしてくれんと服をやぶつて朝まで帰らさん」と言寄り寝たままの状態で同女がペッティングとは何かと被告人に聞いたり、パンティを脱ぐ脱がないで問答したあげく、早く店に帰りたいと考えていた同女においてパンティを脱ぐことを承諾し被告人の言うままにペッティングを許容したところ、被告人は同女の陰部に手指を挿入してかなりの時間愛撫行為を繰り返した。この時になつて漸く同女は被告人から肉体関係をされるのではないかと思つたが、特段の抵抗もしないで右愛撫行為をそのまま受け入れた。

なお、被告人は、「ここまで来たんやからいいやろ」と言つたら同女は恥かしそうに笑い黙つていて嫌ともいいわとも返事しなかつたので応接間に行つていると、同女が服を脱いで布団に横たわり「いいよ」と言つて被告人を呼び寄せた旨供述するが、同女が勤務時間中であつたこと、前認定のような同女の経歴性格、職場環境、同女と被告人との親密度などに照らすと、同女が被告人の供述するように簡単に情交に応じ、しかも積極的な態度にでたとは到底考えられないから、被告人の右供述はにわかに信用できない。

4 姦淫状況

前掲愛撫行為が終つた直後、被告人は同女に対し足を広げることを促し、同女の足を開いてその上に乗りかかつた。同女は、このように肉体関係の危険が切迫した時点になつても何らの抵抗もせず、ただ、単に抵抗したら帰してくれない。服をやぶられることのみを虞れおとなしく被告人のなすがままに委せた。被告人は姦淫しようとしたが、自己の陰茎が容易に勃起せず、膣内に挿入できなかつたので、同女の手を自己の陰茎に触れて握らせ、性交可能な状態にしたうえ姦淫を遂げたが、終始、同女が右性交を回避したり、困難にさせるような特段の抵抗(例えば被告人の体を押しのけたり足をばたつかせるなど)をした事跡は認められない。

5 姦淫後の状況

性交渉後の事後処理は各自が行ない、モーテルに支払う休憩代金は被告人に持合わせがなかつたので、同女の手持金で決済された。再び、被告人運転の乗用車にA子が同乗し、帰店の途についたが、同車中において、同女の帰店が遅くなつた理由を被告人から支店長らにどのように説明してもらうかが話題となり、また、妊娠のおそれから被告人は同女からその生理が前日に終つた旨告げられたり、被告人の申し入れにより一〇月一九日に再会することの約束が交わされたりした。

6 帰店以後の状況

同日午後八時前後ごろ帰店したところ、店内に白須支店長他二、三名の人が居合せたが、同女がちよつと外出してくると言つて店を出てから約三時間を経過していたので、被告人とA子を迎え入れる同支店の雰囲気には異常なものがあり、これを察知した被告人は「どうもおそくなつてすみません」と言つて同支店を退出した。他方、同女は支店長から「どないしたんや、何があつたのか」などと尋ねられてその返答に困まり同支店二階の居間に入り泣いていた。白須支店長から連絡を受けた松下幹彦社長が同女にわけを尋ねたところ、同女が「被告人に騙されて連れて行かれ、肉体関係をされた」旨を告げたので、同社長は同人の妻と相談のうえ同日午後一一時ごろ同社長の知人の医師のところへ同女を連れて行き、同医師の診察を受けさせた。翌七日右医師の紹介により元刑事と会つて話し合つたすえ、同女は被告人を強姦犯人として告訴するに至つた。

(二) 強姦致傷罪の成否=暴行脅迫の有無およびその程度

先ず、暴行の点については、姦淫前後を通じて被告人がA子に対し、殴る、蹴る、押す、無理に押えつけるなどの暴行と目される有形力の行使をした形跡は証拠を仔細に検討しても認められない。

そこで、脅迫の有無、その程度につき検討するに、脅迫を疑わせる文言として前記(一)の3において認定したように被告人の(イ)「こんなところは大声で叫んでも聞えないし、どないしても帰れないし、電話に出て女の人が言つても受付けてくれない、どんなに騒いでもだめだ、一回だけさしてくれ(キスを)「でないと、肉体関係までする、朝まで帰さん」(ロ)「さしてくれんと(ペッティングを)服を破つて朝まで帰らさん」との言辞が挙げられる。ところで、右言辞自体によつては同女の抵抗を不能、または、著しく困難ならしめる程度の畏怖心を抱かせるものとは解せられないので、以下右言辞の発せられた状況について考察する。

(1) モーテル・アポロの構造などについて

(客観的事情)

前掲各証拠によると、本件モーテル・アポロは周辺に中小企業の工場が散在し前認定の広告ネオン燈や休憩料金の看板などに気づかないと一見会社や工場のような外観を呈しており、階下にガレージがあり、その二階が休憩・宿泊室になつていて、右ガレージのシャッターは案内係員がお茶菓子を出した後閉鎖しておく習慣になつており、右シャッターの開閉は容易なように設計されているがその構造を知らないものにはその開閉は容易でないようにみえ、二階の休憩・宿泊室は、上下に空間隙のある紙障子と襖によつて仕切られた応接間と寝間とにわかれ、寝間には常時一組(二人用)の寝床が敷かれている状態であつてその寝床の枕元には電話が備付けられ事務所との連絡が取れることになつている。(防犯ベルが二階休憩・宿泊室に入つた左側に備付けられていたかどうかは判然としない。<証拠略>によると防犯ベルが備付けられていることが一応確認できるけれども、本件犯行直後に撮影された前掲実況見分調書添付の現場写真によればその該当場所に防犯ベルが設置されていたとは認められないので、防犯ベルは本件以後に備付けられたものと推認される。右事実に徴すると、モーテル・アポロの休憩・宿泊室は、その建物の構造を知らないものが、シャッターの閉鎖されているのをみれば、完全な密室のようにみえ一見すると強姦などの犯罪の行なわれやすい場所的状況にあつたことは否定できないが、通常一般的に、女性が本件のようなモーテルに連れ込まれた場合に、直ちに脱出不能状態に置かれたものと観念してその脱出を断念するのが通例であるとは即断できない。

(主観的事情)

被告人は本件モーテル・アポロを利用したことがあり、また、タクシー運転手として職業柄アベックのお客を本件モーテルに運んだことがあつて、その利用方法などについてはかなりの知識を有していたことは被告人の当公判廷における供述などによつて明らかである。

他方、証人A子の当公判廷における供述によると、モーテルの建築構造についての予備知識の全くなかつた同女は休憩・宿泊室に入つてはじめて会社でないことを知り、被告人に対しここはモーターインかと尋ねたり部屋の様子などからして個室喫茶かホテルの休憩室のようなところと察知したものの、同建物の構造、特に前記シャッターの閉鎖されていることには全く気付いていなかつたものであるから同所が脱出困難な場所であるとの認識はなかつたと推認するのが相当である。要するに、本件では、同女が右シャッターの閉鎖されているのを知つて戸外に出ることを断念し、在室を余儀なくされたような事情は証拠上全く見出すことはできない。

従つて、被告人の前記脅迫的言辞が、前認定のような構造をもつたモーテル内で発せられたことをとらえて、A子の抵抗を著しく困難にする程度の脅迫行為があつたものと断定することはできない。

(2) 脅迫的言辞の発せられた状況と、これに対応するA子の態度

(イ) 「こんなところは大声で叫んでも聞えないし、どないしても帰れないし、電話に出て女の人が言つても受付けてくれない、どんなに騒いでもだめだ一回だけさしてくれ(キスを)」「でないと、肉体関係までする、朝まで帰さん」

右言辞は前記(一)の3において認定したとおりの事情下において被告人がA子に接吻させてくれと言寄つた際に発せられた言葉であるが、語気するどく執拗になされたとの点については何等の確証もなく、他に前記(一)認定の事実経過、状況に照らしても、右言辞によつて同女に与えた心理的影響がその抵抗を著しく困難ならしめる程度にまで高められたような附随的事情はこれを見出すことができない、むしろ、後掲各事実に徴すると被告人としては格段の抵抗もなく自己の要求を比較的容易に受け入れてくれる同女に対し、それ以上に脅迫または暴行による抵抗排除手段をとる必要性もなく、同女との接触が進行したものと推察することができる。すなわち、当時の雰囲気からすると未だ同女において肉体関係をされるとか、朝まで帰れないような切迫した状況ではなかつたのに被告人の接吻の申し入れに対し、騙されて連れてこられたことに気づきながらも「今から帰る、帰らしてくれ。」とか「そんなこと(接吻)嫌やから帰らしてくれ」とかを口先で言うのみであつて、憤然としてその場を積極的に立ち去ろうとした形跡は勿論、早く逃避しようという気持すら抱いた形跡もないうえ、被告人と問答を重ねたすえ、スリップ姿となつて布団に横たわり応接間に居る被告人に対し「いいです」と答えて被告人を招き入れ、上半身はシャツ、下半身はパンツ一枚の姿の被告人が同女の横に入り込み、手を握るだけという約束に反していきなり抱きついて来たのに対し、抵抗らしい抵抗は何ら示さなかつた同女の態度は女性特有の微妙な心理状態を考慮しても、甚だ理解に苦しむものがある。同女の供述するように被告人を信用していて逃避に頭がまわらなかつたとしても、同女が言うように処女であれば、同女の経歴、知能からすれば本能的に肉体関係への危険を察知し、それを回避するために積極的に何らかの措置を取つてしかるべきところである。性経験があつたがゆえに被告人の行為を甘くみていたのではないか、あるいは、性的好奇心のゆえに被告人の行為に暗黙の承諾を与えていたのではないかとの疑いさえもたれるのである。

(ロ) 「さしてくれんと(ペッティングを)、服を破つて朝まで帰らさん」

右言辞は前記(一)の3において認定したとおりの事情下において発せられた言葉であるが、語気するどくなされたとの点については何等の確証もなく、またこれに附随して被告人がA子の服を掴むとか、引張るなどの動作を示した事跡も認められない。むしろ、(イ)において認定したような事実経過および後掲各事実に徴すると、(イ)において説示したと同様に被告人においてそれ以上強い抵抗排除手段をとる必要性もなく比較的容易に姦淫行為にまで発展したものと推察することができる。すなわち、その当時の雰囲気もまた、服を破られるという切迫した状況にはなかつたのに、同女は、被告人のペッティングの申し入れに対し、「嫌や、帰らしてくれ」と拒否するのみで右(イ)同様何らの抵抗を示さず、寝たまま、ペッティングとは何かとかパンティを脱ぐ脱がないで被告人と問答をしたあげく、一面において早く帰りたいという気持があつたとはいえ、パンティを脱いだうえ被告人が同女の陰部に手指を挿入することを許容し、かなりの時間被告人の愛撫行為を受け入れているのである。そして同女が抵抗しないことをよいことに、被告人が現実に同女の足を開いてその上に乗りかかり、まさに姦淫行為に移ろうとしても、これを拒否する言語あるいは動作は何ら示さないばかりか、被告人が一度ならず二度も姦淫に失敗したすえ、被告人の陰茎を同女の手に触れさせるとその要求に応じて被告人の陰茎を姦淫可能な状態にするなどして性交に協力的ともいえる行為さえ行なつているのである。抵抗すると服を破つて帰してくれない、早く帰店したいという気持が同女にあつたとはいえ、前記ペッティング行為から姦淫行為に移る過程において、ことさらに、被告人が脅迫したという事跡も認められず、服を破るという現実的具体的状況も認められない事情の下において、同女は抵抗らしい抵抗は何等示さずに姦淫を許容したのである。(この点について、同女は当公判廷において、被告人が「足を広げ」と荒つぽくなり、こわい口調で言い出したんです嫌と言つたらスリップを破りそうになつた旨供述するが嫌と口先で拒否するのみで物理的には何らの拒否反応を示さない同女に対し被告人において姦淫行為に移る前提としてかように態度を変化さす必要はなかつたことが窺われ、前認定のような状況を考慮すると、同女の右供述部分はにわかに信用できない。)同女に性経験がないとすれば、そのような処女の女性が右のような場合に、すなわち、生命、身体の危険はもちろんのこと服を破られるという危険性すら切迫していない状況下において、抽象的に世間体あるいは、同僚の眼をおそれて、いとも簡単に自己の貞操を捨て、早く性交をすませて帰店したいという気持になることがあるのであろうか。当裁判所は同女の取つた態度について甚だ理解に苦しむものである。

(3) 姦淫時および姦淫後の同女の気持

同女は、姦淫時は「早く帰りたくて帰りたくてそればかり考えていた」旨、姦淫後は「最後まで被告人はいい人だと信じていたのに騙された」旨述べているのみで被告人を平素から畏怖していたとか、粗暴的傾向の持主であると思い込んでいたような事跡はない。

以上の諸事情ならびに前記(一)において認定した被告人とA子の経歴、性格、環境、性的経験および右両者の知りあいの経緯、その親密度、モーテル・アポロに至るまでの経緯、姦淫前後の状況、帰店以後の状況などを総合すると、本件姦淫に際し被告人において同女の抵抗を不能または著しく困難ならしめるような脅迫を加えたため、同女が畏怖のあまり抵抗しかねて被告人のなすがままに姦淫を許容せざるを得なかつたものとは到底認められず、被告人がA子に対し申し向けた前記脅迫的言辞は未だ同女の抵抗を排除し、または、著しく困難ならしめる程度のものと解することはできない。

その他、当公判廷で取調べた全証拠につき検討するも強姦致傷罪の要件である暴行、脅迫の存在を認めるに足りる証拠はないから、強姦致傷罪は成立しないものといわねばならない。

なお、証人柳父靖朗の当公判廷における供述、同人作成の診断書によつて認められるA子の膣粘膜急性炎症、膣壁裂傷は、本件審理の対象となつている姦淫行為によつて生じたものか、その対象外の行為であるペッティングによつて生じたものか、その受傷原因を確認できないのみならず、仮に姦淫行為によるものとしても、右傷害は通常姦淫に伴う行為によつて生じたものであるから、その前提たる強姦が成立しない本件にあつて、致傷の点のみを切り離して被告人にその罪責を問うことはできないものと解するのが相当である。

(三) むすび

以上のとおり、本件については犯罪の証明がないことに帰するので、刑事訴訟法三三六条に則り被告人に対して無罪の言渡をすることとした次第である。

(大西一夫 畠山芳治 大谷種臣)

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